こちらつつじが丘野川どんぶらこ通信951

 こんにちは。

 ということで、10月も半分が過ぎてしまいました。

 なんか急に涼しくなってきましたね。

 

 まずは、業務連絡。

 「トーキングヘッズ叢書 No.96 ネオゴシック」が今月末に店頭に並びます。ということで、今回もご購読のほどよろしくおねがいします。

 

 それから、10月16日に発売された「週刊エコノミスト」には、蓄電池の記事を寄稿しました。まあ、こちらはバックナンバーになってしまうのですが、見つけたら立ち読みでもしてください。

 

 そんなわけで、秋のトレッキング、最初は筑波山から。

 なんか、久しぶりに行ってみようかなあって思って。今回は、メインルートの御幸ヶ原コースから登りました。ケーブルカー沿いのルートなので、ちょっと坂がきついかも、です。でもまあ、御幸ヶ原でつくばうどんを食べ、男体山と女体山に登ったところで、かみさんが力尽き、ロープウェイで下山です。でもまあ、下山した先のつつじが丘にある筑波山京成ホテルで日帰り入浴。疲れを癒したのでした。

 

 続いて、奥多摩棒ノ折山にも行きました。青梅線川井駅からバスで登山口まで。標高は969メートルの低山ですが、けっこうな急坂を登りました。おまけに杉林なのであまり景色が見られないし。でも、メインルートは飯能側からのルートなので、奥多摩側のルートで登っている間は人が少なかったのですが、広々とした山頂にはけっこう人がいました。

 下山は、その飯能方面の白谷沢ルート。沢沿いを歩くのですが、鎖場があるし、岩にはさまれた沢を下らなきゃいけないしで、ちょっと難儀をしました。

 でも、下山した先には、日帰り入浴施設のさわらびの湯があり、疲れを癒したのでした。

 

 トレッキングのようすは、フェイスブックで写真とともにくわしく書いています。

 

 あとは、ハゼ釣りも行ったかな。江戸川放水路です。なんだかちょっとどぶ臭かったのだけど、友人Aによると、雨が少なくて、川底の泥が流れなかったからだとか。そういうものでしょうか。ハゼは天ぷらでおいしくいただきました。

 

 最近読んだ本といえば、まずは坂爪真吾著「日本百名虫」(文春新書)のフォトジェニックとドラマティックの2冊でしょうか。甲虫推しですが、なかなかカラーできれいな本です。

 

 小野正嗣著「夜よりも大きい」(リトルモア)は、なんだか山尾悠子の作品みたいな感触があります。そこまで異世界というわけじゃないんですけど。この人が日曜美術館のレギュラー出演者なのもわかる気がします。

 

 ジョン・スラディック著「チク・タク」(竹書房)は、なかなかブラックなコメディです。アシモフロボット三原則が壊れたロボットが主人公。ダークなアメリカだけれど、トランプが大統領になったアメリカもまた、ブラックなコメディだったなあと思うのでした。

 

 金田一蓮十郎著「ぼくらはみんな*んでいる」(スクウェアエニックス)の1巻も読みました。明るいゾンビの話。食欲も性欲もなくなっちゃうけど、うっかりするとゾンビになったことに気づかないけど、でもまあ、あっけらかんとしていて、まあいいか、という感じ。

 

 ナンシー・フレイザー著「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」(ちくま新書)はおすすめです。内容はまあ、書いてある通りなのですが、フレイザーは資本主義の概念を拡張し、経済の仕組みだけではなく社会や政治のしくみにまであてはめています。結局のところ、東インド会社の例を出すまでもなく、資本主義と植民地は結び付いているし、成長という名のもとに、植民地を次々とさがしてきたことも資本主義の歴史だと思います。そうしたしくみは、人を幸せにするわけがないというか、そもそも人の不幸の上に成り立っているのかもしれないとも思います。

 

 立岩真也著「良い死/唯の生」(ちくま学芸文庫)も読みました。立岩の本を少し集中して読んだわけですが。生きていられるのなら、死ぬ必要はないということです。それを安楽死に向かわせようというのは、資本主義が求める効率性とかかわってくるのではないかと思うのです。ということで、フレイザーと立岩の本をならべてみたいと思うのです。

 

 立岩の本と並べてみたいのはもう一つ、伊野隆之著「ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ」(アトリエサード)です。エクリプス・フェイズというTRPGの世界をもとにした、シェアワールドのSF小説です。この世界では、人は死なないというか、データとして保存され、いろいろな義体にインストールされています。主人公はタコ型の義体にインストールされていて、金星から脱出しようとするわけですが。

 人が死なないというのは、設定の1つですが、もう一つ背景となっているのが、太陽系に広がった資本主義です。人が死なないということは、ではその人の欲望というのはどういう形になっていくのか。結局のところ、資本主義にとって大事なことは自己増殖する資本でしかなく、人そのものは死のうが生きようがその媒体でしかない。死なないということは、人間が不死を求めた結果ではなく、効率よく人のデータを活用する資本主義の結果なのではないか、とも思いました。誰もが死なないわけではなく、貧しい人々はデータのバックアップができずに死ぬし、あるいは安い義体しか買えなかったりもします。そこにはもう、唯の生はありません。

 

 TRPGつながりでもう一冊、健部伸明著「メイルドメイデン」(アトリエサード)も読みました。TRPGはきっかけで、そこで人格が分離してしまうという話でしょうか。最初は入っていけなかったけど、途中から面白く読みました。

 

 マシンガンズ滝沢秀一著「このゴミは収集できません」(角川文庫)は、ためになります。ゴミの出し方は注意しましょう。資本主義社会の見えない部分での仕事についての本でもあります。

 

 マキエマキ著「マキエイズム」(みらい)、サブタイトルは「私が性の客体を演じた理由」です。けっこう痛快な本です。若い女性が性的に消費されるのはどうかとは思うけれど、性的なことそのものを否定するフェミニズムに対しては異議を唱え、自分自身として性的である、ということを確認する、ということでしょうか。

 最初に自撮りをした理由のひとつは、自分が身近なモデルだったから。最近はモデルを使った写真が増えてきて、それがなかなかいい感じです。

 

 ハマスイスラエルの戦争が起きてしまいました。これについては、問題はすべてイスラエルにあると思っているし、イスラエルに対するダブルスタンダードな対応をしてきた欧米に責任があると思います。ハマスのテロが問題なのではなく、イスラエルが70年以上にわたってパレスチナを苦しめてきたことそのものが問題だと思います。

 とはいえ、ウクライナと同様に、出口が見えない戦争には、気が滅入ります。鬱々とした気分です。

 早く、ガザに地下鉄が走る日が来てほしいと思います。