おはようございます。
今日はまた、鳥取です。
9月はなんだかすごく忙しかったです。というか、あちこち行っていました。
前回は、山形県天童市に行く途中でしたけど、そのあと、神奈川県藤沢市、埼玉県小川町、新潟県長岡市とすべて日帰りで行き、シルバーウィークも原稿を書き、鳥取県北栄町に二泊三日で行ったあと、大阪府東大阪市に行き、そのあとは静岡県静岡市、静岡県長泉町にいずれも日帰り、そして現在、再び鳥取県倉吉市にいます。
おかげで、本をたくさん読むことができました。
まあ、地方に行けば、できるだけお風呂に行く、というのはあって、長岡でスーパー銭湯に行ったり、鳥取ではまだ行っていなかった銭湯に行き、長泉町の帰りは熱海で共同浴場に入り、と言った感じです。なかなか時間が合わずに行けなかったりしたこともありましたが。
本といえば、フランチェスカ・アルバネーゼの「世界が眠っているあいだに」(地平社)から。
最近、話題となったのが、ICC(国際刑事裁判所)の所長の赤根智子さんが米国から制裁を受けているということ。クレジットカードも使えないので、けっこう不便。でも、それよりもずっとずっと前から制裁を受けているのが、フランチェスカ・アルバネーゼ。国連に指名されたパレスチナ被占領地域に関する特別報告者です。
報告書の一部は地平社のブックレットで翻訳されていますが、本書はむしろパレスチナの人々について、というよりもそこに人がいることについて書かれています。「戦争犯罪と闘う」を読んだ人は次はこの本をぜひ。
クラシナホルカイ・ラースローの「サタンタンゴ」(国書刊行会)も読みました。去年のノーベル文学賞ですね。ごめんなさい、よくわかりませんでした。
ヴィルジニー・デパントの「親愛なるゲス野郎へ」(早川書房)は、よくわかりました。デパントはフランスの作家で、著者の写真を見ると、何だかイギー・ポップみたいです。パンクなフェミニズト作家です。ヤクはありです。
トイ・ヨウの「多聞さんのおかしなともだち」(KADOKAWA)は、好きな人は好きかも、くらいで。主人公はアセクシュアリティ。両親はレズビアンで、つまり母親が二人。だから自分もレズビアンになったら、母親たちは気にするだろうな、とか。でもそんなことから自由になる、という話。
この作品は、「シモーヌ」というフェミニズム系の雑誌で知ったのだけれど、版元が新しくなって、ずっとセックスワークについて論じています。最近、買春の犯罪化というのが話題になっているのだけれど、それに反対しています。セックスワークの非犯罪化を求めているといえばいいのかな。別にセックスワークを推奨しているわけではないのですが。
ぼくは非犯罪化に賛成という立場。犯罪化は「身体の自己決定」に反するし、法制度によって身体の自由を政府に委ねるのはどうなのか、というのがあります。また、犯罪化はセックスワーク従事者にスティグマを与えます。あとは「シモーヌ」の全体の主張として、犯罪化によってかえってセックスワーカーは困難に追い込まれる、というもの。これはなるほど、と。
セックスワークを推奨はしないけれど、経済的に、あるいは社会的に女性が追い込まれたときに、その出口としてのセックスワークだけを犯罪化しても何も問題は解決しないなあ、と。それは、ホームレスを居場所をなくせばいなくなる、ということと同じなんじゃないかな、と思うのです。
そうそう、社会的にって書いたけれど、菜摘ひかるや中村うさぎの本を読むと、承認欲求を満たすためにセックスワークをしている、といったところがあるのかな、とも感じます。
水上文の「たったひとり、私だけの部屋で」(河出書房新社)も読みました。若手の文芸評論家といえばいいかな。クィア/フェミニズムを扱っていて、小説のクィアリーディングなんかもしていて、と。だから、松浦理英子や李琴峰についても書いているし、笙野頼子に対する批判もけっこう強いですね。これはおもしろかったです。
松田正隆の「夏の上の砂/坂の上の家/蝶のやうな私の郷愁」(早川書房)は戯曲だけれど、長崎に原爆が落とされたことが、ずっと人々に重くのしかかっているということが、ささやかな恋愛ドラマとかに影を落としていて、けっこう重いです。
D・A・ミラーの「小説と警察」(国文社)は、そもそもイブ・コゾフスキー・セジウィックが「タッチング・フィーリング」でジュディス・バトラーの「ジェンダートラブル」と並べて論じていたので興味があって読みました。といっても、30年前の本なので、書店で買えるものではなく、アマゾンでもけっこう高かったのだけれど、ギフト券がいっぱいあったので買いました。
19世紀の警察が出てくる小説を論じている、と思いきや、まあ最初はそうなのだけれど、「白衣の女」とか「月長石」とか、でも、ここでいう警察っていうのは、影で規範を支えている存在。それに裏打ちされながら、登場人物がジェンダーを超えた役割(支配的な女性、従属的な男性)であっても、小説として保たれていく、という。なるほど、19世紀の小説をそこからクィアリーディングというわけです。
19世紀の小説、この先も読むことはなさそうだけれどな。
間瀬純子の「イマジペディア」(アトリエサード)は、前半はクトゥルーっぽい中国かロシアの話? でいいのかな。圧倒的なビジュアルは、小説ではなくマンガで読みたいな、とか思ったりします。
でもお気に入りはタイトル作。アートがデータ化されていくと、共有されることになり、アーティストにはお金は入ってこない。電脳世界でアートに触れられるのだから、と。ウィリアム・ギブスンへのオマージュとのことだけれど、AI時代だからなおさら、リアリティがあって、短編で終わらせてほしくないよな、とか思うのでした。
とまあそういうわけで、忙しい9月だったのですが、鳥取出張のときに、県立博物館に行ったついでに、博物館のある鳥取城、山としては久松山、ゆる山に登りました。往復1時間なんですけどね。そのわりには坂は少し急だったりもして。まあ、散歩がてら登れますが。標高263メートル。意外に高いな。
今月は、釣りに行きたいですね。今のところ候補日は10月11日。小田原の江之浦に行こうかな、と。それか米神漁港。どっちにしろ、台風しだいですね。
最近、Threadsを見ていると、元アイドルの議員に対するバッシングがひどく、げんなりします。元アイドルだからといって、政治家に適さないというのは、明らかに差別的な発言だし、なんならヘイトだと言ってもいいのですが。高市政権を批判する側の人が、こんな低レベルな書き込みをしていいねを集めているのを見ると、高市政権がそこをどくのは先かもしれない、と暗い気持ちになります。
今月末には、トーキングヘッズ叢書No.108も出ますので、よろしくです。
