訃報が続いた日

 昨日は、2つの訃報を受け取ってしまった。
 ひとつは、イラストレーターのイトヒロ氏。以前から、脳腫瘍だということは聞いていたのだけれども。
 それでも、薬が効いて、多少良くなっているという話を聞いていたので。
 ぼくにとって、イトヒロというイラストレーターは、2つの大きな影響を与えてくれた。1つは、月刊「ポンプ」での、最後のページのマンガ。そこに描かれたブタネコの絵は、すごく好きだったし、ぼくもあちこちに描いていた。ぼくがブタネコの絵をしょっちゅう描いていたことを知っている友人が多いが、出典は、みんな知らなかったと思う。
 もう1つは、かつて、務めていた会社の野球チームで、キャッチャーをやってみようと思ったこと。草野球についての本を読んで、要はキャッチャーだということで、それでは、と思った。実際、ポジションとして一番面白いと思う。ダメなピッチャーをどうリードするのか。しょっちゅう、ファーストのベースカバーに走ったりして、体力も使うし。

 もう一人は、現在、一緒に本を創っている執筆者の一人だ。あるエンタープライズ系のシステムを中心にした本なのだけれども、その研究会に誘われたのは、今年の初めだった。その時点で、すでに病気を抱えており、それゆえに執筆する時間ができた、という皮肉な巡り会わせで、そこにぼくは出版事情にくわしい人ということでよばれた。
 その人は、会った当時はまだ元気そうだったけれども、4月には静養のため、実家のある九州に向かった。5月の連休後の一度会って、研究会のメンバーで、沖縄料理店で飲んだのだけれども、会ったのはそれが最後だった。
 本は、ようやく、草稿がまとまった段階で、これから、全体をもっとやさしいもの、わかりやすいものに修正していくということになる。生きている間に、出版できなかったというのは、本当に残念なのだけれども。

 訃報が続いた日、ぼくはぼくで、抱えている仕事の1つ、別のエンタープライズ系のシステムについての本の原稿の修正をひとまず終えた。夜中の2時過ぎに家についたけれど、落ち込めるような状況ではなかった。
 ぼくはぼくで、生きていかなきゃいけないのだし。本を完成させなきゃいけないしね。