こちら葛飾区水元公園前通信665

 このところ、サンリオSF文庫を引っ張り出して読んでいる。
 スタニスワフ・レムの「枯草熱」をまず読んだ。連続怪死事件を追うのが主人公なのだけれど、死んだ人たちと同じ行動をすることで、事件の糸口をつかもうとする。ストーリーとしては単純だし、事件の真相だけを言えば、これもなーんだ、と思うようなことなのだけれども、その「なーんだ」というものが引き起こされてしまうところに、70年代の人々が置かれている状況があった、としか書きようがないな。
 「枯草熱」ってどんな病気かと思いきや、「花粉症」だということです。だからといって、国書刊行会から出たレム選集ではタイトルが変えられたということはない。いきなり「花粉症」というタイトルでもなあ。

 ブライアン・スティブルフォードの「ハルシオンローレライ」も読んだ。宇宙飛行士グレンジャーの冒険というシリーズで、何よりアンガス・マッキーの表紙がすごくきれいなのだ。ほんとうに、表紙だけで買う価値があるという本だった。6冊のシリーズの1冊目。宇宙で事故に遭い、借金だらけになった腕利きパイロットの主人公が、最新宇宙船「かんむり白鳥」号のパイロットとなるという。事故にあったときに、「風」という精神寄生体がとりつき、いっしょにやっていかざる得ないという設定もあって、70年代の宇宙小説としては、すごく個性的にできている。というか、けっこう楽しませてもらった。キャラクターの設定がすごくよくできているんだろうな。

 グレンジャーを読もうかなあって思ったきっかけというのは、ダグラス・アダムスの「銀河ヒッチハイクガイド」(河出文庫)を読んだから。最初の3冊が復刊された上、残り2冊も訳されて、めでたく完結したので、これをきっかけに、噂に高いこの作品を、と思ったわけ。で、おバカな小説だっていうことはわかりました。宇宙でモンティパイソンっていうノリ。元々ラジオドラマだったのだけれども、映画化されるとか。活字からノリを感じるのって、そう簡単ではないのかもしれないけれども、でも楽しんだので、じゃあ、別のコメディはどうかなっていうのが、グレンジャーを読んだきっかけなのであった。

 古い本ばかりではなく、新刊も。ジェイムズ・サリスの「ドライブ」(早川文庫)は、本当に心に沁みるクライム・ノヴェル。というか、長さはノヴェラか。
 主人公のドライバーは、カーアクションのスタントマンだったのだけれど、その腕を買われて悪事に引き込まれる。といっても、積極的にかかわるのではなく、あくまでドライバーとしてやとわれるという距離のとりかた。そうして事件にまきこまれるというのが、時間軸的な話なのだけれど、すでに起きた事件と、ドライバーの過去がさまざまな時間の断面で語られていて、直線には進まない。というより、出来事とその背景が、心に伝わる順番で語られているというべきなのかな。主人公の気持ち、人に対する感触、両親のこと。それがどんな両親であっても、心の中に何かを残している。プラスもマイナスも。タマネギのサンドイッチぐらいしか作れない母親であっても、だからこそその気持ちをいつしかくんでいる、そういう主人公なわけである。簡単に殺される人間、殺す人間であっても、それはやはり人でしかない、そんなことを感じさせる、濃密な時間が描かれている。ということで、この本はゆっくりしか読めない。
 サリスは、すごく好きな作家で、とはいっても、全6冊あるルー・グリフィンを主人公としたハードボイルドのシリーズのうち2冊だけが訳されているというのだけれども。何か、人間のどうしようもなさがうまく描かれていて、じわっとくる。でも、そのどうしようもなさって、マイケル・ムアコックが描いていたジェリー・コーネリアスにも通じるものがあるのかもしれない、とも思ったりする。
 ルー・グリフィンの残りの4冊も訳されないかなあ。
 なお、サリスはそういうわけで、SFとも縁があって、主人公はときどきSF小説のことに言及するのですが、今回はスタージョンの「輝く断片」です。

 SFばかり読んでいるわけではなくって、北田暁大の「嗤う日本の「ナショナリズム」」(NHKブックス)にもちょっと興味があって、読んだ。連合赤軍から2ちゃんねるまでの流れをたどり、ナショナリズムについて語るという試み。北田は71年の生まれなので、自分が生まれたころのことから論じているということになる。それ以前については、さて置いておく、というか先人の論考があるからまあいいか、というスタンスなのだけれども。
 じゃあ何かというと、長くなるので、別の機会に。

 今日は娘の誕生日である。