まちの書店とコンビニのこと

先日の朝日新聞では永江朗氏が、町の書店が消えてゆくことを問題にしていた。
でも、では書店への利益還元を大きくすればいいのだろうか?
そんなことができれば、出版社はもっともうかるだろうし、そうでなければ、結局は読者が負担することでしかない。
もっとも、それが必ずしも間違っているとも思わないのだけれども。

まずは、町の書店のネットワーク化が重要だと思っている。
書店は流通システムの端末だと思うし、そこに読者が欲しい本にアクセスできる状況があればいいのだと思う。
そういう意味では、町の書店にこそ、POSが必要なのかもしれないが、でもそれだけであれば、本屋がコンビニになるだけだと思う。それは酒屋がコンビニになったことと、あまりにも相似である。

POS以外にもマーケティングの手段はいろいろあると思う。むしろ、書店が地域でどんな本を売りたいのかというアプローチが必要だと思う。また、どんな本が売れるのか、地域に応じた実情というのもあるだろう。
そうしたノウハウをすべて、地域の書店に求めるのは酷だろう。そうであれば、取次がマーケティング支援を行い、あるいは出版社の書店営業がソリューションを提供する、ということになるはずだ。

また、端末であるということは、本当にPCの端末を設置してもいいと思う。
ネットで注文して、コンビニで受け取るということができるのだから、それが書店になっても、何の不都合もない。24時間営業に対応していないことだけが問題だが。
そしてもう一つ、書店にもPCを置き、自由に検索でき、注文できる状況にしておくことが必要だろう。日販だってBoopleというサイトを構築しているのだから、できない話ではない。1500円以下の商品でも送料を気にせずに注文でき、決済も店頭でできるので、セキュリティも考えなくてすむ。

小学館が売り切りでマージンを大きくするという提案をしているが、無理にやってしまえば、書店の店頭には、実際に多くの岩波新書が黄ばんで残っているようなことになるだけである。

小出版社にとって、町の書店でどれだけ本が売れるかということは、あまり問題ではないということも付け加えておく。そういう本は大規模書店かネットで購入されればいいと思っている。初版3000部の本が全国の書店にくまなく届けられるはずはないのだから。それを補完するのが、ネットワーク化であり、PCの設置であると思う。

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コンビニの深夜営業は環境問題にどう関係するかというけれども、たぶん、そういう問題ではない、とは思う。

深夜営業が環境負荷が大きいかというと、実は大きい。というのも、コンビにではないけれど、西友が24時間営業を展開するようになって、どれだけ売上げに対するエネルギー原単位が悪化しているかは、西友CSRレポートで示されていることだ。

では、深夜営業をやめるべきなのか。イエスでありノーであり、なおかつイエスである。
24時間あいていることの必要性としては、やはり利便性があるし、それゆえに支持されていると思う。とりわけ、深夜に灯りがついているということは、防犯上の意味も大きい。コンビニというものが、単なる店舗ではなく、地域のユーティリティサービスを担う拠点だと考えれば、その意義は小さくない。

けれども、店舗が密集している地域ですべてが24時間営業であるという意義は小さいと思う。そういう意味では、地域ごとに後退で24時間営業をするといったことも必要かもしれない。

事業者においても、人件費あたりの売り上げが少ない深夜営業にはメリットが少なく、ローソンが考え直すというのは理解できる。コンビニのオーナーや店長にとっては、24時間営業はやめたいということもあるかもしれない。

エネルギー消費について言えば、まだまだコンビニには省エネの可能性はあると思うし、24時間営業をやめること以上の削減の方策はあると考えている。たとえば、地方のコンビニ店舗には太陽光発電は必須とし、災害があったときの拠点としても使えるようにするということもあるだろう。

24時間営業を急にやめるということは、雇用上の問題もある。急に深夜コンビニスタッフを解雇するというわけにはいかないだろう。

ということで、24時間営業は、全体としてイエス、なのであるが、工夫の余地は小さくない。