こんにちは。
というわけで、桜が咲き始めました。早いですね。
なんか忙しくて、花見どころじゃないです。三連休の前にゲラを送ってくる出版社はあるし、倉吉市と結城市の出張が控えているし。山にも行けないです。
前回は、これから山に行く、という話でしたね。
行ったのは、山梨県の高畑山から倉岳山への縦走。詳細はフェイスブックかブログを見てもらえればいいのですが、下山ルートでうっかりバリエーションルートに入ってしまい、ちょいと悲惨な想いをしました。地図を確かめながら歩かなきゃいけないって反省するのでした。
来週こそは、また山に行きたいと思います。山梨県を予定。
近所では、つげ義春展をやっていたので、行ってきました。原画とか由来の品もいいのですが、いろいろな人がメッセージを寄稿していて、それが意外だとか。東村アキコがつげ義春が好きだったとかね。植芝理一もつげ義春が好きなことはわかってはいたけど、作風は全然違うのにね。つげ義春が描いた風景はわりと近所だったんだなあ、とか。
前回はしなかった本の話。
まず、「SAKAMOTO DAYS」の26巻から。まあ、話はともかくとして、巻末で井上雄彦と作者である鈴木祐斗との対談。というか、井上雄彦が坂本太郎を描いているのがあって、なんかちょっといいもの見たなあ、と。鈴木もはっきりと、坂本太郎のモデルは安西先生だって言っているので。
秋本治の「Time Tuber ゆかり」の3巻。女子高生がタイムトラベルをするという話だけれど、今回はブラックティガーが登場。ちなみに次巻では一本木蛮の登場が予告されている。初期のコミケにタイムトラベル、ですね。
今月のイチオシは、クリストファー・プリーストの「不死の島へ」(東京創元社)です。
プリーストは好きな作家なのだけれども、この作品は確かに転換点になるものです。
プリーストはしばしば、視点の異なる2つの世界を描いていて、「逆転世界」では一方が正しい姿だったけれど、「ドリームマシン」はそこから意味をとってしまっている。何が正しい世界なのかということを、判断しなくなっている、といえばいいのかな。うまく説明できないことを、説明できないままにしてしまう、というのは「魔法」でも「奇術師」でも見られた。でもその原型がここにある。
小説家が描く夢幻諸島の物語が、いつのまにかその小説家が現代のロンドンを描いているように入れ替わっては往復していく。
後にシリーズ化される夢幻諸島がこうしてできた、ということでもあって、その点でも後につながる。
ただ、解説では指摘されていないのだけれど、「昏れゆく島へのフーガ」という先行する作品を読んでいると、プリーストはグレートブリテン島から夢幻諸島へ逃れていったのではないか、と思うようになる。それが理想郷ではないにせよ。
だから夢幻諸島が、何を映す鏡なのかも興味深いところです。
アシル・ムベンベ(ンベンベ)の「黒人理性批判」(講談社)は、フランツ・ファノンからつながってきた、確かウガンダ出身の思想家の本。帝国主義➡資本主義は奴隷としての黒人を必要としていた。たぶん、そのフレームワークは、現代社会でも変わらないという気がしてくる。他方で、アフリカの人類の根源性を求められている。
でも、そういった文脈で二人の作家を取り上げている。エイモス・チュツオーラとソニー・ラブ=タンシ。なんか、この二人が登場するだけで、分かった気になってしまいます。
3月はこの2冊を読むのに時間がかかったかな。
2月はといえば、アンドレアス・マルムの「パレスチナを破壊することは、地球を破壊することである」(青土社)は、その通りだと思います。グレタ・トゥーンベリが気候変動の活動家からパレスチナ解放の活動家になったことが、そのことを示しているし、そのことは6月に出す脱炭素本の改訂版でも触れる予定です。
結局のところ、イスラエルを制御できない西側世界の二重基準が、気候変動対策の言い訳でもあるし、アメリカのイラン侵略を止めることもできない。
どんな天災よりも人災のほうがタチが悪い、そんな社会で生きています。
フランチェスカ・アルバネーゼの「ガザへの集団犯罪」(地平社)はブックレットなのですぐに読めますが、これもおすすめ。国連のパレスチナに関する報告書が収録されていますが、そこでは第一に西側諸国の企業の犯罪、第二に西側諸国の二重基準に基づくイスラエルとの貿易関係が示されています。日本も例外ではありません。
矢作弘の「社会主義都市ニューヨークの誕生」(学芸出版社)は、急進左派とされるマムダニ市長の誕生を追った本です。急進左派とは言われますが、けっこう戦略的な活動をしてきていて、政策もニューヨークの人たちに響くものでした。
こうしたことを、日本の、立憲民主党や社民党、れいわ新撰組の人たちは学んだ方がいいんじゃないか、とは思うし、何ならリベラルだと考えている人たちにも学んで欲しいとも思うのです。
たぶん、れいわ新撰組のポピュリズム左翼的な政策を、立憲民主党系の理論化が理論的基盤で支え、実現できるものはすればいいし、修正が必要なものは修正すればいい。そんなことが必要なのだと思うのです。
その社民党の元議員である大椿ゆうこの「愛と連帯」(地平社)を読むと、非正規雇用から国会議員になり、そうした背景から労働政策を追求してきた姿が見えてきます。
実は労働政策は今のリベラルな政策の中心に来るものだと思うのです。気候変動ではないです。派遣労働の規制強化なんかをきちんと打ち出していくことが、本当は必要だったんじゃないかな。
雇用の規制緩和が給料の上がらない日本をつくってきたし、そのことがゆるゆるの金融政策と成果の出ない財政政策というアベノミクスのデフレを作ってきたと思っているし、そのツケを支払っているのが現在だと思っているので。
だからその大椿が今は国会議員ではないということが、すごく残念だと思うのです。
そうそう、「アメリカ大学の地球科学の教科書」(講談社)も読み終えました。なんかひさびさに地学を勉強しなおしました。あと、石油やレアアースがどうしてそこにあるのか、ということもちょっとわかっていいです。
今日はこんなところで。
