こちらつつじヶ丘野川どんぶらこ通信975

 こんにちは。

 

 まずは連絡事項から。

 10月28日に、秀和システム新社から「電力・ガス業界の動向とカラクリがよーくわかる本(第8版)」が刊行されます。前回よりもページ数が増えて、価格も値上げしました。まあ、業界向けの本なので、書店で見かけたら手に取ってみてくれればうれしいです。

 

 それから、同じころ、「トーキングヘッズ叢書、No.104 孤高の徒花たち――はぐれ者の美学」も書店に並びます。こちらはぜひご購読のほど、よろしくおねがいいたします。

 

 そんなわけで、もう10月もなかばですね。9月30日から10月1日にかけて、一泊で佐賀県伊万里まで行ってきました。仕事は30日だけだったのですが、その日は帰れないので、一泊し、少し伊万里を散策してきたというわけです。

 街のあちこちに伊万里焼があって、なんかおもしろい景色でした。伊万里温泉にも入ったし。伊万里牛は高いので食べなかったけど。

 

 そうそう、前回は鳥取から送りましたが、そのあと、三朝温泉にも行ってきました。せっかくなので一度は行っておこうと思っていたので。倉吉市中心部からは、同じ倉吉市の関金温泉よりも三朝町の三朝温泉の方が近いし、ずっと立派な温泉街ではあります。

 でも、その立派さが、三朝町の次の姿を阻害しているのかもしれません。倉吉からこれだけ近いのであれば、もっと出張ビジネスマンをよぶことができるのではないか、とも思いました。

 あと、温泉の放射能は、ちゃんとシンチレーションカウンターで計測した値が示されています。浴場ごとに強度がちがいます。まあ、ラドン温泉のホルミシス効果を期待する人にはいいでしょう。ただ、ぼくはそれを信じていないのですが。

 公共浴場のお湯、熱かったです。河原の混浴露天風呂は入らなかったな。

 

 それから、ひさしぶりにちょっと歩きがいのあるトレッキングもしてきました。

 山梨県大月市の扇山から百蔵山までの縦走です。犬目宿から扇山までの上りはけっこうだらだらした感じで、体力を奪うものでしたが、そこから先はちょっと急な坂が多く、おかげで翌日は筋肉痛です。

 赤城山はそう距離があるわけじゃなかったし、尾瀬はアップダウンはあまりなかったので、このくらい歩くのは5月の馬頭刈尾根以来です。

 まあ、小雨が降っていて、視界は悪かったのですが、キノコはたくさん見たし、ヒキガエルもいたし、とまあ、そんな感じで、人のいない山道を歩いてきました。

 

 釣りも行きたいけど、行っていないです。ハゼはまだ釣れるのでしょうか。

 

 9月の後半は、クロード・シモンを読んでいました。幻戯書房のルリエール叢書からシモンの第二作「綱渡り」が出たのですが、その前に第一作の「ペテン師」(集英社)を読んでいないのを思い出して、まずはそちらから。

 シモンはヌーヴォーロマンの作家という位置付けですが、この人たち、アラン・ロブ=グリエにしてもナタリー・サロートにしてもとにかく読みにくいというか、話の筋が追えないというか、そんな作品ばかり。これは「ペテン師」も同様で、よくこんな作品でデビューできたなあって思います。

 まあ、後の作品と比べると、場面場面は読みやすいのですが、時間も場所もいつの間にか変わっているので、何を読んでいるんだっけ、ってなります。

 でも、シモンにおける戦争というのは、最初の作品から影を落としていて、自分の経験と父や祖父の経験が重ね合わされていく、それがアカシアの樹影に反映される、というのは、この先もずっと続いていきます。

 「綱渡り」は、もう少し短くて読みやすいかもしれません。自伝的な要素が前面に出ていて、そもそもシモンが美術を志していたことが反映されています。シモンが言葉で戦争画を描こうとしていたのではないか、とか、そんなことも思います。

 

 先ごろ亡くなった、福田善之の「真田風雲録」(ハヤカワ演劇文庫)も読みました。福田の代表作といわれているのですが、正直なところ、女性に設定した霧隠才蔵が、古い女性キャラ過ぎて、ちょっとつらかったかな。

 書かれた時代を考えると、真田幸村の戦いが安保闘争を反映させているものだということはわかりますし、負ける戦いをする、人民のために戦う、というのもわかるのですが。それは、あの闘争が持っていた欠点をも、反映させてしまっているのかもしれない、とも思いました。

 

 Sanho著「幽冥パティスリー 煉獄堂」(PIE)は、韓国のコミックですが、けっこう絵がきれいです。

 死んだ人は、49日間、荒野をさまよってあの世に行くのですが、そのときに食べるお菓子をつくるのが、パティシエの役割。故人を知る人の話を聞いて、お菓子をつくります。

 そういうところに、普通の人の人生が反映されていく。パティシエもその話を聞きながら、新しいお菓子をつくっていく。そんなドラマが、心に響きます。

 

 赤根智子の「戦争犯罪と闘う」(文春新書)は、国際刑事裁判所ICC)の所長である赤根が、ICCについて語った本。ICCは国際社会において戦争犯罪に対する裁判を行う唯一の機関。国家を超えた存在でもなければ、国家間の紛争における犯罪を裁くことはできないし、そうした組織が持つ役割は大きいのだけれど、そこには米国も中国もロシアも入っていない。大国はその点では戦争犯罪にとらわれない一方で、ウクライナパレスチナも加盟しているので、そこに対する犯罪を問うことはできる。プーチンもネタニヤフも有罪判決を受けているが、それゆえに加盟国では逮捕されることになる。でも、それゆえに、米国はICCに圧力をかける。

 そんな闘いを述べています。国際社会における履行されない正義について、考えることにもなります。

 

 木尾士目の「Spotted Flower」の8巻も読みました。「げんしけん(2代目)」のその後は、さらにどろどろとしてきました。合宿ですべてが解決できるのでしょうか、といったところです。

 

 公明党の連立離脱、まあ、当然かな、とは思います。

 公明党を支持しているわけではないし、それ以前に連立与党として通してはいけない法律を成立させてきたことについては、厳しい評価をしています。

 とはいえ、代表が山口那津男から斉藤鉄夫に交代し、これまでも自民党の右傾化を良く思っていなかったので、26年たって元に戻った、といったところでしょうか。山口であれば、連立して多少なりとも政策の実現を目指したのでしょうが、斉藤はそうは考えなかったということです。

 

 高市早苗総裁になって、右傾化もさることながら、旧態依然の自民党に戻ってしまったこと、そしてそもそも、これまでの選挙で自民党が支持を失っていったのは、その旧態依然の自民党が原因であったこと、そう考えると、公明党としては、もはや沈む泥船からは降りたかったということでしょう。

 それに、高市としては、むしろ政策的に右翼化した国民民主党と連立したいだろうし、そこに維新を含めれば過半数はとれると思ったのではないでしょうか。

 意外に、公明との連立解消を喜ぶ自民党支持者もいます。

 

 こういった政局で、小沢一郎の姿があまり見えません。彼は何をしているのでしょうか。

 ぼくの見立てを書いておきます。

 野田佳彦は国民民主党日本維新の会との連立を模索し、玉木雄一郎総理大臣で統一しようとしています。これは国民民主党に対するゆさぶりです。そんな連立がうまくいくとは思えません。遠い昔の民社党社会党が一緒になれないというのと同じです。

 野田の陽動作戦の裏側で、小沢一郎が動いているのではないでしょうか。小沢は公明党とのパイプがありますし、元自民党ですから。今、同じ旧田中派だった石破茂を担ぐ、そのために自民党を割る、そんな工作をしているのではないか、と思っています。

 自民党の一部の議員が、ポピュリスト極右と化し、政治とカネを解決できない現体制に見切りをつけるということはあるでしょう。

 実際に小沢や自民党内では船田元がそういった発言をしています。

 

 国民民主党自民党にすりよったら割れると思います。労組系の議員は自民党との連立をよしとしないでしょう。国民民主党を離脱すると考えます。

 労組系の議員にとって、安保法制はあまり重要ではないからです。では彼らは立憲民主党に行くのでしょうか。

 原発など相いれない政策もありますが、支持母体は同じなので、いずれは行くかもしれませんが、すぐではないでしょう。

 これからの一週間、政局からは目が離せません。それは、このあとに、どのような政策が実現されるような体制をつくっていくのか、それを政治家はどれほど真面目に考えているのか、そのことが試されるからです。

 

 ということで、ではまた。