時津風部屋とマスメディアの違和感

 時津風部屋の事件については、いろいろと報道されている。けれども、ちょっと違和感がある。こういうことだ。

 論調としては、「相撲部屋には、かわいがりなどがあり、厳しい指導がなされ、竹刀で叩かれることもあるけれど、今回はそれを逸脱している」というものだ。でも、これ、おかしくないか?

 そもそも、指導といって、竹刀で叩いていいわけがない。かわいがりなどという不合理な指導が認められていいわけがない。でも、それを「暗に」伝統だと認めているふしがある。もちろん、認めてきたその責任の一旦は、スポーツジャーナリズムにあるのだが。

 けれどもその結果、相撲界は「ガラパゴス諸島」のような世界となり、外来種(外国人力士)におびえ、貴重な日本の伝統だとして、保護されるような存在になっている。繰り返すけれど、これはスポーツじゃない。

 それから、付け加えるならば、親の責任というのもある。殺された「少年」だけではない。
 中卒で住み込みのスポーツクラブに入れられ、不合理な指導を受けてきたすべての力士について、その親には責任が問われてもいいはずだ。
 幕内力士になれるのはほんのわずかであり、残りは中卒という学歴のまま、社会に放り出されることになる。こうしたことについて、やはりどこかおかしいと思うのだ。

 そんなわけで、昨日の雨で、娘の学校の運動会は中止になってしまった。振り替えの日は、仕事を休もう。